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ゴシゴシゴシゴシ。 真っ白でふわふわの泡を作りながら ゴシゴシゴシゴシ。 なんだか楽しくて ついつい夢中になってしまい 夢中になりすぎて怒られました。 「いいかげんにしろスザク!もうお前には頼まないからな!!」 「えええ!?ゴメンてルルーシュ。次は注意するから、そんなに怒らないでよ」 顔を真赤にし怒鳴りつけてくるのは、嘗ての時代でスザクの最後の主だったルルーシュ。 まあ、この主従関係に関しては、あれは作戦上騎士と皇帝という役を演じていただけにすぎず、一時的な契約上のものだから自分は主ではない。大体お前はゼロだったのだからもう騎士ではないと主張する元皇帝と、過程はどうあれ自分は唯一の騎士だし、ルルーシュが居る以上自分はゼロではないと主張する騎士の互いの主張は平行線で、今だ結論は出ていなかったりする。 何をどう言われようとも、ルルーシュを友人で親友、そしてあの日から自分はルルーシュの唯一の騎士だと思っているスザクは、自分で身動きもできず、表面上は穏やかだが間違いなく内心腸が煮えくりかえるほどのストレスを溜め込んでいるルルーシュの気分転換をさせたくて、襲撃以降お風呂に入れずにいることに不満を感じていることに気づき、それならばと自分の水着を引っ張りだしてジェレミアとナナリーにも手伝ってもらい、傷に注意しながら洗える場所だけでも洗っていたのだが、自分とは髪質の違うルルーシュの髪を洗うのが楽しくて、ついつい夢中になりすぎて、ルルーシュに大目玉を食らったのだ。 「でも、スッキリしたでしょ?」 いままで髪はドライシャンプーで済ませ、体は拭いて終わらせていただけだから、こうやってマッサージをしながらきっちり洗ったのは気持ちが良かったはずだよと、首を傾げながら言うスザクには善意しかなく、その気配にルルーシュはそれ以上強く言えなくなった。 確かに気持ちが良かった。 幾ら汚れを落としていてもやはり何処か気持ちが悪くて、綺麗に汚れを洗い落とせたことは嬉しかったし感謝もしているが、いくら傷のほとんどが塞がっているとはいえ、本来であればまだ入浴禁止の体。その事をちゃんと考えて欲しかった。 「それは、まあ、そうだが。だが、一応俺は怪我人だ。できるだけ早くに入浴を終わらせるものだろう」 バスローブを着、体温を下げないよう毛布に包まり、ナナリーに髪を拭かれ、ジェレミアが治療を施しているのをされるがままに受け入れているルルーシュの声は元気だがよく見ると顔色が真っ青で、唇は色をなくし、わずかに震えている。 明らかに体調を崩していたのだ。 その様子にスザクはみるみるうちに顔から血の気が引いていった。 これはつまり、具合が悪くなり限界を感じるまで三人の気が済むまで好き勝手に洗わせていたということだ。 夢中になって洗っていたのはスザクだけではないが、ルルーシュがナナリーとジェレミアを怒ることはない。 だから怒られるのはスザクだけとなってしまうことが少し不満ではあったが、彼の騎士である自分が主の変化に気づかないなんてと、スザクは自分のミスに慌てていた。 見るとジェレミアとナナリーも、自分が気づかないなんてとその表情は暗い。 「ご、ごめん。具合悪くなったよね。体も痛かったよね」 明らかに動揺した声でそう言ってくるスザクに、ルルーシュは一瞬言葉をつまらせた。 「・・・別に具合は悪くないし、痛くもない」 ぷいと顔を逸らしながらそうつぶやくが、嘘だということは見て解る。 自分を思ってやってくれた行為に対して、言い過ぎたと思ったのだろう。やせ我慢をすることにしたようだ。 相変わらず嘘つきで、自分勝手で、回りにいる人の気持ちを考えないルルーシュの姿に思わず目頭が熱くなった。 でも、泣いてどうすると自分を叱咤し、ジェレミアとともにルルーシュの手当を始めた。 初日は傷の量に動揺したが、こうして改めて見ると傷の大半は塞がっていた。 1ヶ月以上経っているのだから傷は塞がっているのは当たり前な話なのだが、未だに大きな傷が化膿し、熱を持っているのだ。 ジェレミアの話では、腕や顔、体に残る大きな傷には、何やら薬品の反応が出ていたらしい。その薬品が何かは解らなかったようだが、薬品付きの刃物で抉るように大きな傷を作った後、全身を執拗に切りつけたと考えられていた。薬品はこうして傷を化膿させたり、炎症を起こさせたりするもので、未だにこうして治癒を遅らせているのだ。それだけではなく、傷跡を完全に消せない原因ともなっていて、V.V.のルルーシュに対する陰湿な恨みを感じられた。 V.V.に対する憎しみで目の前が赤くなりそうになりながらも、早く手当を終わらせ休ませないと、今日は桐原もカグヤも来るのだ。 まだ朝の7時だから、朝食を食べて薬を飲んで一眠りさせなければ。 そう思い、その手を早めた。 大切なのは過去より今。 嘗てはそれで道を間違えたのだ。 すでに失われたユーフェミアの敵討と、ルルーシュとともに世界に償い生きる未来と。 今度こそ、今を、未来を優先する。 「スザク。ナナリーとジェレミアも、あまり俺を心配するな。もう大分良くなっているのだから、ある程度放って置いてくれて構わない」 ルルーシュは三人を安心させるよう、その口に笑みを乗せ、そう言った。 見ると、重く沈んだ空気の中、三人が自分の手当をしていることで、居心地の悪さを感じているようだった。 前の時代でも、人の世話はするが、世話をされることを良しとしなかったため、一から十まで人の手を借りるこの状況に未だに慣れないようだった。 これ以上心労を増やしてはいけないと、スザクとジェレミアは大急ぎで手当と着替えを終わらせ、ベッドに運んだ。 介護用のベッドなのでリクライニング機能がある。 ベッドの上の部分を立てルルーシュを座らせると、家政婦が用意した食事4人分を部屋へ運び、ようやく朝食となった。 「はい、ルルーシュ。まずは鮭から。あーんして?」 「お前が食べさせるのか」 小さく鮭を箸に乗せ、口元に運んだが、ルルーシュはあからさまに不愉快そうな表情で、スザクに顔を向けた。 「僕が君の世話をするんだから当たり前だろ?今までナナリーとジェレミア卿はやってるから慣れてるだろうけど、僕はナナリーの時だって君にやらせてもらえなかったんだよ?」 此処に来た一昨日も昨日も結局ナナリーとジェレミアが全て世話をしてしまった。 だから今日からは絶対にルルーシュの世話は自分がするのだと、スザクは決めていたのだ。 「当前だ。俺がいるのにナナリーの世話をお前に任せる理由はない」 寧ろナナリーの世話ができるという至福を誰が譲るか。 そんな気配を纏いながら言い切るので、ナナリーは頬を赤らめてお兄様ったら。とつぶやき、ジェレミアは、流石ルルーシュ様。ナナリー様への深い愛を感じます。と感動している。 どう考えても行き過ぎたシスコン。 それでもそれだけの愛情を向けられているナナリーが羨ましいとも思ってしまう。 「だから、今から練習も兼ねて僕が食べさせるからね?」 そこまで言うとようやく納得したのか渋々口をあけた。 「そこまで僕が世話をするの嫌なの?」 小さく開けられた口に鮭を入れながら、スザクは眉尻を下げ、そう尋ねた。 「お前は信用出来ないからな」 ルルーシュが平然とそう口にしたので、スザクは驚き目を瞬いた。 ナナリーとジェレミアも、え?と驚きの声を上げた。 「えええ!?まだ信用してくれてないの?ってかゼロレク前ならともかく、その後からは信用してくれてもいいんじゃないかな?だいたい僕は君の騎士だよ?」 あの枢木神社の一件でルルーシュからの信頼は地に落ちたことは知っているが、その後ゼロレクイエムの共犯者となり、ゼロを託されたのだ。信用を回復できたと思っていたのに、それを否定され、スザクは傷ついたような顔をルルーシュに向けた。 「ゼロレクって・・・何でも略すな。大体信頼云々はいまさら言うまでもないだろう。それにお前は俺の騎士ではない。そもそも叙任式だってしていないからな」 言外に、お前は何度俺を裏切ったと思っているんだ。と言っているのだ。 それを言われると反論は難しく、思わずスザクは口を閉ざした。 叙任式、ルルーシュは時間がないからと頑なに拒み、当時のスザクも騎士など一時的な話だからとそれを承諾していたが、これならちゃんとやっておくんだった。 いや、たとえスザクが望んでも、ルルーシュは必要ないと拒んだだろう。 「・・・信用してなくても、今は食べてくれるよね?」 完全に落ち込んだ声でぼそぼそと呟きながら言うスザクに、ああ、また言い過ぎた。と思いながらルルーシュは口を開けた。 嘘はついていない。 スザクを信用して裏切られ続けたのだ。 それらは全てルルーシュのトラウマとなっていて、スザクを信用しまた裏切られることを考えれば、最初から信じないほうがいいと、無意識に自己防衛が働いてしまうのだ。 ゼロレクイエムの時はスザクの望みであるユーフェミアの敵討という結末が用意されていたから裏切られる心配はしていなかった。 枢木スザクを殺すことで、スザクが犯した罪と、その重みから開放し、英雄ゼロとして世界に貢献することで罪を償い、そしていずれゼロが必要のない時が来れば、再び一人の人として生きることが出来る。 元々正義感の強い男だから、やり遂げるだろう。だから心配していなかった。 だが今は違う。 まだ父殺しも、軍人としての罪も犯していないスザクは自由に生きられる。 今は友として、味方として傍に居るが、いつまた裏切り、売られるかわからない。 なぜならスザクの本当の主であるユーフェミアが生きているのだ。 彼女に記憶があり、スザクを求めれば、スザクは迷わずブリタニアに向かうだろう。 そのためならば、いくらでもルルーシュを裏切るだろう。 もし記憶がなくても、再び出会うことがあれば、スザクはユーフェミアを選ぶ。 俺が選ばれることはない。 最初から失うことがわかっている相手だから期待はしない。 もう、味方に欲しいなど思わない。 思ってはいけない。 スザクはユーフェミアの騎士なのだから。 ゼロレクイエムの共犯者となり、ゼロを継いでくれただけでもう十分だ。 此方の様子をうかがいながら差し出される食事を咀嚼し、ルルーシュはこの優しさを錯覚してはいけないと、自身に言い聞かせた。 スザクが自分に構うのはあくまで重症を負っているから、怪我人だからルルーシュ相手でも優しいのだと。 だから、正式に自分の騎士としてそばに居て欲しい、ユーフェミアの元へはいかないで欲しいという言葉を咀嚼した食べ物とともに飲み込んだ。 |